戦略至上主義!芦田博のブログ

戦略は全ての問題を解決する人類の智慧と考え人と企業を豊かにする。経営ストラテジスト芦田博の日日是好日記。

ディフェンスとは。

みなさま、ご無沙汰しています。

中々、記事をアップしてないですみません。

というより、ほとんどこのブログ、誰も知らせていないので見てないか、、ww

 

今からの話は、詳細に書きたいのですが、

今月はかなり忙しいので、予告編のように、

簡単でご了承ください。

 

いよいよ、今月末には大学の論文提出です。

論文には「ディフェンス」というものがあり、

これは書いた論文の口頭試問のことを指します。

言葉の通り、

要は書いた論文に「つっこみ」が入るので、

防衛対策ということで、このような名称があるではないでしょうか。

 

もちろん、英語での実施なので、

英語が苦手な自分は、

英会話スクールで一週間だけ、勉強しました。

 

さて、ここからは別の意味での「ディフェンス」を説明します。

 

そこで、隣り合わせた、20歳のサウジアラビアの女の子と、

とある課題に取り組みました。

その際ですが、

「私は人を信じないの」

と言ったので、

それを聞いていた先生がびっくりして、

「芦田、詳しく聞いて!」

と心配して、その詳細を聞くように依頼されました。

 

なぜ、彼女は人を信じなくなったか、、。

その理由は以下のよう、

 

他の人に絶対言わないように、親友に自分の秘密を話したら、

巡り巡って、他の人から、自分の秘密を聞かされることになったようです。

 

私は、どう答えるべきか。

 

そのような自分も、実は「性悪説」な考え方の持ち主です。

性悪説」とは、

元来人は、自分勝手で自分の欲望を中心に考えるという説です。

人の脳の根幹は爬虫類の脳であり、

人に進化する過程で理性を司る前頭葉などの脳が備わったとしているから、

人は元来「性悪説」なのではないかと、という説があるのです。

 

そんな私は、

人に騙されることが多く、

どうやら人の見極めが下手なようで、

わかっていたつもりでも、

最近、またまたやってしまいました!

 

今まで、人を信じ、

人生が狂わされる経験を何度もしたのにです。

 

今回は、さすがにダメージは深刻で、

性悪説である自分が、実は「性善説」な人間であったようで、

今後は、自分を「ディフェンス」するためにも、

完全な「性悪説」論者になることが必要だと思いました。

猛省しなきゃです!

 

だから、大事なのは、

まず「人は疑ってかかれ!」です。

自分の人生に影響がなければ良いのですが、

影響が出そうな場面では、

この考えが必須なのです。

 

これは寂しい考えでしょうか?

私は今までの経験からは、

そうは思いません。

 

性悪説」は、

「この世を沙漠のような荒野として見ること」です。

すると、

どうでしょう。

「オアシス」を発見できるのです!

 

まとめますと、

性悪説」は、まずは自分を守る考えであって、

かつ、人の「真心」を見ることができる考え方です。

 

多くの人があなたのことを考えてないし、

もしくは何らか利用しようとしています。

さらに悪いことに、

彼らは、このことを自覚すらしていません。

このような人たちが周りに集まると、

ろくなことが起きません。

だから、このような人たちを見極める眼力が必要なのです。

これは、「ディフェンス」です。

同時に、反対の「真心」な人たちも明確に見えてきます。

 

いざというとき、

誰が力になってくれるか、

どんな仲間が大切なのかがわかるのです。

 

話が飛びましたが、

そのサウジアラビアの女のには、

以上なアドバイス(?)をして、

いたく納得してもらえました。

 

先生からは、

「で、どうなった」と聞かれましたが、

「トップシークレット」と答えました。w

 

さて、私は、このオアシス達(恩人)への恩を返すべく、

今後は生きて、働いていこうと決意しています。

そして、「オアシスな人」を見つけたから力も出ますね。

 

皆さんも、周囲にいる人が、

本当の「オアシスな人」なのか、

それとも、あなたを食べようよとしている「恐竜」なのか、

今一度考えてください。

自分と同じ過ちを繰り返さないように祈ります。

 

芦田

 

 

 

 

レジリエンスとは?

こんにちは、芦田です。

 

この前書店に行くと、こんな本がありました!

 

「ほめると子どもはダメになる」

 

ちらりとめくると、

現在の教育論に一石投じてくれる本だと確信し、購入しました。

blog.terak.jp

最近、

「頑張れ、とは言わない方が良いとか。

「戦わない経営」とか。

「子どもはほめて育てよう」とか。

こんな論調が広まっているのに危機感を感じていました。

 

耳障りの良いキャッチフレーズの書籍が書店に並び、

詳細を見ないどころか、

また、きちんと調べもしないで、

印象的なタイトルと、対象者の「楽したい」マインドが

結びついて、

社会の常識になっている感があると。

 

これらは、

まるで昔流行った「寝ていても勉強できる」睡眠学習のようなものです。

 

なぜ、これらの論調に危機を感じるか?

 

私は、とある縁で、昔、心理学と大脳生理学を猛勉強したことがあり、

また経営学もプロ(仕事)ですので、それなりの知識はあります。

 

「頑張れ、とは言わない方が良い

実は、これを否定する論文もありますし、

「戦わない経営」も、

ちょっと勉強すれば、市場に競争やトラブルが存在しないということはすぐにわかります。

「子どもはほめて育てよう」も、この本にある通り、

間違いではないのですが、この言葉が全ての意味となり、

子供の教育に「ほめて育てる」が全知全能の方法として社会に広がってきています。

要は、これらの本の本質を考えることなく、

タイトルだけが一人歩きして、

一般常識になってきてるのです。

なぜ、このような風潮になっていったかの経緯を話すと、

これまた長文になるので省略させていただきますが、

「ほめて育てる」親に、

これは警告をしないといけないと思いブログに書き留めました。

 

なぜ、それを訴えたいか?

それは、「メンタルに弱い人が没落してゆく悲劇」をたくさん見たからです。

昔から部下の育成においても、周囲の話を聞いても、

 

「傷つきやすい」

「頑張れない」

「意思が弱い」

「自分探しを過度にしている」

という人は多数いて、

その、末路があまりよいものではなかったのです。

(降格、解雇、鬱の発症、引きこもり、または自殺等)

 

では、このような人達と、どのように接するか、

または、どのように教育するか、

これが私にとっても、大きな課題、テーマで、

解決しようと今までも多くの本を読んできました。

 

そして最近わかってきたのは、

ほめて育てようが、

叱ろうが、

(環境が悪かろうが)

「伸びる奴は伸びる」

そして、

どんなアプローチをしようが、

「伸びない奴は伸びない」

この事実も、ある研究で立証されましたし、

私も実体験を通じて納得しています。

もちろん、一見メンタルの弱そうな人でも、

なんらかのキッカケやコーチングで変わることもあります。

ただ、やはり素質によるものが大きいと言わざるをえません。

 

その素質は、幼少期の親の教育方法で大きく変わるようです。

 

私の息子が、まだ小さいとき、よく砂場に遊びに連れていきました。

自発的な遊びができるよう、

割とほっとくようしていました。

そうすると創造的な遊びを開発するからです。

 

そんなある日、私の息子を砂場で遊ばせていると、

別の子供が、息子のスコップを貸してくれと言いまました。

私の息子は快く貸したのですが、

時間がたっても彼は返してくれる様子がありません。

そこで、息子が返してくれと言うと、

なんと、その子供は自分のものだと主張し始めたのです!

すると、

薄眼を開けて寝たふりしている自分に、息子が助けを求めてきました。

「知らん、自分で解決しろ」

と言い砂場に返しました。泣きながら、、。ww

息子は仕方ないので、その子供から半ば喧嘩しながら奪い返してきました。

 

ちなみに、同時期に別の砂場を見ていると、

ある親が砂場に張り付いているのが見えました。

 

「◯◯ちゃん、それ△△ちゃんのだから取ってはだめですよ」

「そこに行くと汚れるから、こっちにきて」

 

そう、子どもが判断する前に、親が判断して先回りして、

トラブルを予防していました。

 

こうして、判断力のない、

トラブル耐性のない子供が仕上がります。

 

私が終始一貫して子供の教育に必要なものは、

「サバイブの仕方」だと思っています。

 

世の中は理不尽なことばかりです。

それを乗り越えるのは、

やはり「サバイブ力」です。

優秀な人であったのに不祥事を起こしたり、

ストレスで自殺したり。

そんな弱い大人にしたくないから、

サバイブの精神を教えてきたのです。

 

ちなみに、ドラえもんジャイアンスネ夫とかは、

子供の教育上必要な存在だと思われます。

理不尽を強要するジャイアン

そもそも裕福な家庭でいつもおもちゃを持っているスネ夫

これらの友人に接してきたから、

のび太は成長したのではないでしょうか?

(マンガの話しどはありますが)

私の小さい頃も、

このような友人構成でありましたので、

ドラえもんの友人構成は一昔前までは当たり前にあったと思います。

 

社会に出た社会人の皆様の方が、

誰でも様々な理不尽や不公感を感じているのでは?

そして多くの人がストレスを抱え、場合によっては心理的な病気を発症していると思います。

 

だから、

これから社会にでる子供には、

この本にあるように、

レジリエンス力」

※ストレスに対抗できるメンタル性を持つこと

を鍛えた方がよいと思うのです。

 

ちなみに私の子供達には、

このレジリエンス力」を鍛えることに重きをおいてきたので、

「勉強しろ」とは言ったことはありません。

(「勉強しなくていい」とはよく言いましたが、、。)

どのような理由かはわかりませんが、

息子は東大、娘は千葉大に通っています。

でも、ハードな受験勉強を耐え抜くにも、

結果「レジリエンス力」が役にたったのではとは思っています。

 

さて、ゆとり教育がいつの間にかに廃止になっています。

(政府は責任問題になるのでそっと廃止した)

一昔前に、「運動会では競争させない、みんなでゴール」みたいなことを推奨されていましたが、これも知らずのうち廃止。

なぜなら、学力の低下どころか、子供に心にも様々な問題が多く発生したからです。

競争をしないことを推奨したから、

メンタルの弱い人が大量生産されてしまったのです。

そして、現在、

「ほめて育て」ることで、

ゆとり教育の再来のように、

レジリエンス力」が低い子供がどんどん出来上がっています。

この本に書かれているように、

今後は社会問題までに発展するかもしれませんね。

 

企業の人事部は、

今後、低レジリエンス力の新入社員に翻弄されるでしょう。

また、このようなレジリエンスな子供を育てた親は、

子供の悲観的な将来を目撃することになるでしょう。

 

子供への愛があるなら、

一時子供に嫌われるかもしれませんが、

厳しい教育をするべきです。

良い時はほめれば良いですし、

悪い事は勇気を持って叱る。

要は、

子供は自分のしている事を外から見ることはできません。

だから、親が子供のミラーとなって、

子供の行動に対して正しいフィードバックをすればいいだけなのです。

以下の言葉も最近は聞かなくなりましたね。

今こそ、

昔の諺を噛みしめましょう。

 

 

獅子は我が子を千尋の谷に落とす
獅子は生まれたばかりの子を深い谷に落とし、這い上がらせて子供に高い生命力を育てるという言い伝えの「獅子の子落とし」が転じて、本当に深い愛情をもつ相手にわざと試練を与えて成長させること、またはそのようにして成長させるべきであるという考えを意味する語。

 

あしだ

 

 

 

 

 

40代注意予報。

こんにちは、芦田です。

 

今回も、いつも思うことを書き留めて起きます。

それは、40代以上の危機についてです。

昔から疑問に思っていたことがあります。

スポーツならいざしらず、

なぜ、会社には定年があるかです。

確かに仕事に体力は必要ですが、

仕事の能力は経験や勉強により、

年関係なく、向上していくはずと思っていました。

過去に大脳生理学の猛勉強をしたことがあって、

脳の縮小化があるにしても、脳の訓練の仕方により、シナプスなどの、

神経細胞は限りなく発達すると言われています。

しかし、

現実は、定年制が存在し、

法的には60歳や65歳となりますが、

現実の会社では50代半ばで退職勧告があったり、

一部の会社では30代後半で退職推奨があったりもします。

実際の数値測定はしていませんが、

私の感覚値で行くと、多くの企業が、

社員のスキルは30代後半と考えているようです。

しかし、実際は法的な問題もあり、

60歳、65歳定年制となり、そのため多くの問題が発生しているのです。

わかりやすいのが、こちらの記事です。

headlines.yahoo.co.jp

 

要は、40代以上になると、能力は落ちるのに、

年功序列で雇用しつづける、すると日本の企業の力は落ちる、ということを言っています。

 

今後は高齢化社会となり、

社会の多くが高齢者になるわけで、

高齢者採用について、もっと議論しなくては、

この日本の未来が本当に危うくなります。

しかし、

企業経営者の本音を聞くと、

能力が落ちてきても採用をし続けなければいけない苦悩があるようです。

なんとか、本人に頑張ってほしいが、

今のままではリストラ対象にするしかない、みたいな話をよく聞きます。

 

そういう私も数年前から、

大脳生理学や心理学が少し詳しいということもあり、

高齢者採用を意識した各種テストをやってきました。

ただ、高齢者でなく、

50代を対象にしてきました。

さて、50代以上で低迷しているおおよその特徴を下記に述べます。

 

a)考えが固着し、新たなことを受け入れない

b)昔ながらのやり方に固執し、新たな取り組みをしない

c)勉強意欲が低い/情熱がない

d)環境に適応した働き方ができない

 

このような特徴がでてくると、

現状の仕事のニーズから乖離が起き、

結果、「役に立たない人」のレッテルが貼られてしまうのではないでしょうか?

 

 

さて、このような人の脳内がどのようになっているか、

あくまでも仮説ですが、こちらも説明しておきます。

エビデンスはなく、私の勝手な仮説ですww)

 

脳の構成要素には、シナプスとレセプターがあります。

シナプスは脳の回路をつなぐ電線であり、

レセプターは、伝達物質を受け取りお皿のようなものです。

人の意思決定は、

シナプスに電気信号が伝達し、次に伝達物質(脳内ホルモン)に変換され、

液体空間に放出、そしてレセプターがこれを受け取ります。

人の意思決定が機械的でないのは、

この液体空間がミソで、伝達物質が予測不能に動くから、

新たな思考が創造されると言われています。

しかし、

勉強不足や刺激不足、または高齢化で、

この伝達物質の移動がパターン&固着化されると私は考えています。

 

例えると、子供の頃に遊んだ砂山を想像してください。

砂山にジョーロで水を流すと、

最初は、いくつかの川ができあがります。

そう、川はどんどん分岐されます・

しかし、水を流し続けると、

一つの川が深くなり、もう、分岐は起きなくります。

川は深くなればなるほど、

物理的に分岐が起きなくなるのです。

 

そう、40代の脳はこのように、

過去の経験バイアスや勉強不足、高齢化によって、

思考の分岐ができなくなり、

新たなことを受け入れなくなり、

かつ、自己変革も不可能になるのです。

 

私は、今後の高齢化社会を見据え、

高齢者採用と同時に高齢者のスキル開発が、

今後、非常に重要な課題と考えて、

少なからずのリサーチをしてきました。

 

しかし、調べれば調べるほど、

この脳に刻み込まれた深い川を切り開くことは物理的に不可能なように思えてきました。

投薬、外科的な治療、対処的な訓練、いくつかの方法を考えてみましたが、

未だ有効なものは見つかりません。

それでも、今見つかっているのは、

「クオンタムチェンジ」と言って、死ぬほどの衝撃的な経験、

例えば、「もう、財布には50円しかなくなった。明日からどう生きたら良いのか」

という経験をすると、劇的な人生変革が起きるとされていますが、

これはとても推奨できるものではないでしょう。

また、そのような衝撃的体験は意図的につくれるものではありません。

 

さて、次の表を見てください。

年齢に応じた、必要生活費、JOBスキル、勉強量がグラフ化されています。

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一般的は勉強量は、大学卒業以降減ります。

代わりに、仕事の経験は積めますから、JOBスキルは向上します。

しかし、多くの企業が想定しているように、

30代後半でJOBスキルはピークを迎えていると考えています。

しかし、必要な生活費は40代以降も上昇します。

子供が生まれる。

学費が必要である。

両親の介護が必要になった。

そう、こうして、40代以降のJOBスキルと必要収入のギャップが発生します。

しかし、企業は未だ年功序列を採用していますから、

40代以降に能力もなくとも、

給料は上げ続けるか、払い続けなければならなく、

この時点ではリストラ対象となっているわけです。

こうして前述の記事のように、

40代定年制などという暴挙のような、

それでも実質的なプランが現実味を帯びてくるわけです。

 

さて、こんなことを話している私も間も無く50代となります。

だからこそ、言いたいのが、

「そのままでいいんですか?」

ということ。

今の40代以降に必要なのは、

やはり勉強ではないかと思うのです。

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実業をしながら、

学生時代のように、

いや学生以上の勉強量(もしくはスキルが上がるための何らかの努力)を自分に課す。

そうでないと、

多くの悲劇が生まれると思われるのです。

もし、このような闘いをしたくないなら、

家族を持つべきでなく、

低収入で、それなりの仕事スキルでのんびりやればいいのです。

このようなスタイルが悪いわけでなく、

問題なのは、

自分の現実と向き合わなく、

様々なギャップが生じることによって、

家族や会社に結果迷惑をかけることなのです。

そうそう、

弊社の社員も、

似たようなコメントをブログに書いていました。

https://nnnncubeinfo.wixsite.com/ncube/single-post/2017/06/12/まだ見ぬ扉を叩き続ける

 

頑張れオヤジたち!

こんなこと言われるな!

今回はこれまで。

 

あしだ

フリーライダーパーティーピープル(FRPP)とは

こんにちは、芦田です。

ブログ再開したけど、なかなか書けないですね。

日々発見することがあり、

ブログに書き留めたいと思いながらも、

時間だけが過ぎていきます。

 

先日、長年の友人でもあり、戦略サポートをしている室屋義秀が、

今期2勝目、それも日本大会の優勝で、現在シリーズランキング1位となりました。

www.redbullairrace.com

周囲が大騒ぎする中、

私は複雑な気分になりました。

彼とは、

17年程のつきあいになります。

私が、とあるゲームメーカー戦闘機ゲームのPRで、

彼が所属するエアショーチームに相談。

おかげで航空ショー会場でのPRを行うことができました。

そのイベント打ち上げ時に彼から相談を受けました。

 

「独立してエアショーチームをつくりたいんですが、協力してもらえますか?」

 

その数年前、私も商業パイロットになりたく挫折したばかり。

自分の夢を彼にかけようと協力することを決めました。

 

とはいっても、

私も友人と起業したばかり。

時間も金もなく、どのように彼の夢を実現するか思い悩みました。

なにせ、

世界的にみても、

航空ショーのみで「食えるパイロットは皆無でしたから。

それでも、

仕事の合間にスポンサー集めでかけたテレアポは約2千社。

彼は、その時点で、実績も金もありませんから、

当然、どの会社も瞬時に電話を切られました。

 

「今にみてろ、彼を世界一にして見返してやる」

 

と思いながら、特に罵声を浴びて断ってきた会社はメモすることにしました。

(笑/ヘビのようww)

 

それでも、苦労が実りスポンサーをゲット!

初の曲技を披露したのが2002年。

私得意の番組仕込もあったので、

この実績とメディア掲載で、

ようやく風向きは変わって今にいたるわけです。

(途中、随分はしょっていますがw)

 

今の彼は、メディアの取材、ファン、関係者、

多くの取り巻き(一部の人は違いますが)の渦に巻き込まれ始めたような気がして、

そんな状況を傍目から見て心配してしまいます。

 

どんな人でも、頂点に立つと、

何らかの下落が始まると言われています。

仕事柄多くの経営者を見てきた私が思うのですから、

この心配は極度な不安に変わるのです。

 

なにせ下落の要因は、いつも、この取り巻きによることが多いから、、。

成功者を利用して商売を企むもの。

成功者をつかって自己表現するもの。

その種類は様々です。

 

私はこれまでに、戦略パートナーの仕事として接してきたつもりはなく、

彼の兄貴のように心配し、

彼の目標をサポートし、

それが今のサポート形態となってきた経緯があります。

 

さて、

この心配をどのように払拭するか?

そこで思ったのが、「取り巻きのリストラ」です。

考えてみれば、

エアショーチーム発足当初、

本当に誰も助けてくれませんでした、、。

正直、今でも「世の中、そんなもん」

と思っています。

 

だから、

室屋氏の原点の姿を見てもらい、

周囲が、本当の応援の気持ちをもってもらうべく、

彼の発足当初からのストーリーを知ってもらうビデオをつくりました。

youtu.be

 

これにより、

彼に接する多くの「取り巻き」のエリを正してもらえればという、

(ある意味傲慢な考えかもしれませんが)

願いを込めてみたのです。

その効果は少なからずあったようですが、

先週、彼とも話して、

「そこは大丈夫、注意しています」とのこと。

まあ、とりあえず安心です。

 

さて、私はつきあう人を選ぶことは非常に重要と思っています。

自分を損させる人。

自分を迷わせる人。

自分を使い自己表現する人。

そうして時間や気持ちを奪う人。

損をさせながら、さらに自己表現を同時に行う人を、

私は、

フリーライダーパーティーピープル(FRPP)※造語」

と呼んでいます。ww

人にただ乗りし、さらに自己表現を行う人。

 

人生は、

人に起因することで大きく迷走することがあまりにも多い!

より良い人生を歩みたいなら、

やはり人を見極めることが大事です。

 

では、

どのように人を見極めるか?

 

これ、

意外や簡単なのですが、

自分にイザや窮地をつくりだすか、

または、イザや窮地があった場合、

「誰が本当の意味で助ける」か、

または「助けてくれなかったか」を見極めることです。

要は、このような環境になると、

人は本性が現れます。

ここで「助けてくれなかった」人は、

FRPPなはずです。

お金や知名度があるから寄ってきているだけです。

このような人は、

人を利用することしか考えていませんから、

結果、あなたの様々な財産を奪うのです。

 

もちろん、

その見極めの必要性は、

今後助けてもらうことを前提にするのではなく、

いらぬ損を被らないためです。

そして見極めができたら、

「つきあうな」

ということでなく、

まずは注意が肝要ということです。

 

偉そうなことを言いましたが、w

私もこれで、

たくさん失敗してきました。

今度こそは大丈夫だろうと、思いながら、、。ww

ただ、

失敗した分、この感度は高くなってきたようです。

みなさんもご注意を!

 

あしだ

 

働き方改革って。

こんにちは、芦田です。

 

現在、会社で仕事中で、一息ついたのでブログでも書きます。

 

以下のことは、

一つ間違えば炎上しますし、

社会的な問題ですから、FBで話すのはやめて、

自己責任として、このブログで書きます。

 

 

昨年の電通自殺事件が決定打になり、

「働き方改革」が叫ばれている今日この頃です。

広告代理店のみならず、

一般企業も早期帰宅を推奨から強制に切り替え、

経営陣も利益減退覚悟で、

「働き方改革」が始まったようです。

 

これはとてもいい流れ。

 

ただ、この「働き方改革」、

経営者も政府も、

本当の解決への施策が見えてないようで、

迷走しているようにも見えますが、、。

 

 

さて、今回は、

この「働き方改革」の提言や打開策ではなく、

むしろ、会社へ就労している皆様へ、

この「働き方改革」に伴うリスクを少し議論しようと思うのです。

 

今後は、それぞれの会社がブラック化しないように、

いやでも残業はできないような就業形態になります。

 

見方を変えると、

働きたくとも、働けない、

ここに、皆様は危機意識を持ったほうが良いと私は考えているのです。

 

ちなみに、

今の世論が、

ワークライフバランス」を良くしよう、

もっと自分の時間を大切に、

となっていますが、

「この流れ、何かに似てるな?」と思ったのが、

昔、政府が行なった「ゆとり教育」施策です。

これは失敗だったよう。

学力の低下のみならず、

ゆとり世代」が能力的な差別的扱いを受けました。

 

そして、

この流れ、

皆様は冷静に対応しておいいた方が良いと思うのです。

ゆとり教育」の失敗は、

子供達に向けたものでしたが、

今度の「働き方改革」は、

大人たちに向けたものです。

ゆとり教育」と「働き方改革」は全く違うものですが、

捉え方によっては、

非常に似ているいるからです。

 

 

それは、なぜなのか?

 

ちょいと話がそれます。

 

オリンピックのシンクロで有名な女性コーチがいますよね。

確か、

通常は8時間の練習でいいのが、さらに2時間泳がせる、、。

プールで食事し、選手は泣きながら練習を続けます。

ドキュメンタリーとかで、このシーンを見た人も少なくないのでは。

(でもロシアは、さらに2時間練習して金メダルを取りましたが。w)

 

この女性コーチは、

8時間の練習で、4位以下になるくらいなら、

選手に恨まれるのを承知で、2時間追加したのではないでしょう?

そして実際に銅メダルを取ったわけです。

4位とメダルの差は大きいのを知って、

選手の辛さを知りつつ、2時間追加したわけです。

 

私は、これが本当のコーチの仕事だと思うんのです。

多くのコーチが選手に嫌われたくない、

でも、

このようなコーチは結果を出せないことが多いのです。

 

では、オリンピックと実際の仕事は違うのでしょうか?

 

仕事もオリンピックと一緒、競争の世界で成り立っています。

車の購入でも今晩のディナーを選ぶのでもいいのですが、

皆様にとって、購入するものは、

星の数ある製品やサービスを「一つ」選びます。

そう、最も自分が必要とした「一つ」です!

選ばれた製品やサービスを持つ企業は勝者で、

それ以下は敗北です。

そして、敗北が連続すると、

いずれ、その製品やサービスは消滅していきます。

 

仕事も、皆様が会社に入社するのも、昇進するもの、

顧客に選ばれるも、

皆様が、その関係者にとってイチバン(上位)だったからで、

競争に勝ち抜いたからです。

 

だから、会社も、社員も、皆様も、選ばれる自分になるため努力することから逃げられないのです。

 

「もっと楽になりなよ」

「たたかわなくていいんだよ」

 

なんて、助言者や書籍には要注意です。

それは、皆様の気を引き、一時的に楽を与える甘言です。

そして、決まって、

これらの人たちは、

生活に余裕があったり、

何らかの成功者か、

もともと金がある人です。

 

この世は闘いです。

少なくと、そう思った方が気が楽になります。

仏教でも、

「生老病苦」があり、人生には苦があることが前提と言っています。

 

皆様、「戦い」と「闘い」の意味が違うことは知っていますか?

前者は文字どおり、戦争のように互いを破壊し、

どちらかが勝利することを意味しています。

後者は、「負けないための方法という意味が含まれています。

 

家族の時間を大切にしたい、

自分の時間を持ちたい、

お金や地位がほしい、

動機はなんでも構いませんが、

それらを実現するために、

どのような「闘い」をするかが肝要なのですね。

 

仕事をしている皆様は、

まず、第一に考えるのは、

自分のスキルを上げ、アウトスタンディング(自分にしかできないこと鍛え自分の価値を上げる)になることかと大切です。

そうなれば、

今後の自分の目的が結果実現できるわけです。

 そのためには、まずは、自分を律して厳しいトレーニングが必要なのです。

その「闘い」の一つの選択肢として、

手っ取り早いのは、仕事の経験を通じて、スキルを磨くことなんです。

 

ところが、前述した通り、

今の時代、それができなくくなってきたわけです。

だから、世の中の雰囲気に流されず、

「自分自信をあえて追い込まないと、先がないぞ、、」と私は考えてしまうのです。

 

話は少しそれますが、

私の息子が子供のころ、まだ幼稚園でしたが、レゴブロックに熱中して朝まで遊んでいました。寝かそうとやめろと言っても、逆に憤慨する始末。

 

私も仕事では自分を追い込みますが、

過酷に見えてても、

それが楽しいからやっているわけです。

「大変そうね、無理しないでね」

と言われても、

「なんで?」

となるわけです。

もう少し詳細に説明すると、

忠告者は、きっと仕事=嫌なモノ、なのです。

だから周囲で過酷に仕事をしている人を見ると、

「大変そう」になるのです。

要は視点の問題。

 

人によっては、仕事=嫌なもの、ではないはずです。

少なくとも、仕事をやめて、趣味でもなんでも好きなことやっていいよ、

と言われても困ります。

仕事の方が楽しいからです。

「働き方改革」は、

この、

「やりたいことをやめさせる」改革とも言えなくもないのでは。

 

おっと話がどんどんそれましたね。

まとめます。

「働き方改革」は、

社員に指示命令のもとに長時間労働させるのはダメなのは当たり前です。

これに手を打つのは素晴らしいこと。

でも、社員がスキル向上を自ら望み、

また、社員を今後サバイブさせたいと思うのなら、

今後の「働き方改革」はマイナスに働くことも。

私の経験でも、

厳しい就業環境が自分のスキル向上に寄与したことはまぎれもない事実です。

 

経営者も社員も、

このバランスをどう取るか、

これが「働き方改革」の成否をにぎると思うのです。

 

あしだ

 

 

ブログ開設!

こんにちは、芦田です。

久しぶりにブログを再開しました。

起業から4年。

最近も、仕事のみならず、

経営管理学博士課程の修了(Our Bachelor Degree Graduates joined... - Jesselton College | Facebook)と、

私の本の出版(Amazon CAPTCHA)と、かなり忙しくなってしまい、

ブログをしばし休止していました。

発信したいことは山ほどあったのですが、

ちょっと書くにしても、

フェイスブックのアカウントはあるのですが、

このコミュニティーは、

トモダチに自分の意見を強制的に見せてしまいますので、

発言は勝手に書くわけには行きません。

その点、ブログは、

「見たい人が見ればいい」ので、

わりかし自由に意見を書くことができるかと思い、

その再開は早くしたいと思っていました。

現在は、

広告プロデューサーから経営ストラテジストへの業務が主になっています。

戦略に関することを中心に、

様々な情報をこのブログで発信できたら幸いです。

とにもかくにも、

皆様に、このブログを見ていただけるよう、

楽しいくも、実りのある記事を書きたいと思います。

これから宜しくお願いします。