戦略至上主義!芦田博のブログ

戦略は全ての問題を解決する人類の智慧と考え人と企業を豊かにする。経営ストラテジスト芦田博の日日是好日記。

本当の支援とは?

こんにちは、芦田です。

 

先月ですが、私もとうとう50歳となりました。

こんな年になっても、失敗や学びはたくさんあり、今日はこのことを話したいと思います。

さて本題に入る前に、最近気づいたことがあります。

この学びについて、なぜか時期によってテーマがあるのです。

生活の中で起こった事件や経験をつなぎあわせると、神様が「今月はこの学びのテーマを与えます」みたいにカリキュラムが与えられるのです。

そのテーマは色々なものがあり、

最近は、今回の本題となる「支援」についてです。

 

(今は)中身は言えないのですが、先月まで、

私はとある問題にぶつかり悩んでいました。

それは会社が成長期に入った時点で必ずやってくる「人」の問題です。

この解決への取り組みは一年以上にも時間を有し、

結果、先月解決に至りました。

会社も私も疲弊しましたが、

ようやくトンネルを抜け、

新たな未来が見えてきたのが今現在です。

そうなると、次々と良いことが起こり、

さらに、その良いことが、また新たな良いことを招きよせてきます。

まあ、油断は禁物ですが、「人」に関する知見を得た今、

さらに力強く前に進むことができました。

 

さて、この1年を振り返り私のテーマは、この「人」についてだったのです。

この「人」を知ることはとても大切で、

このブログを通じてみなさまと共有できれば幸いです。

 

大きく分けて「人」には2種類います。

「奪う人」と「与える人」です。

先日、「陸王」なる企業ドラマが始まりましたね。

老舗の地下足袋会社が、

新規事業でランニングシューズをつくると言ったら取引銀行が反対しました。

銀行は「晴れた日に傘を差し出し、雨が降ったら傘を奪う」と言われます。

これは当然な話で、銀行はビジネスですから、

儲かる企業に貸し出し、そこで貸し出し金利を稼ぐのです。

「奪う人」は同様、ビジネスライクの人が多く、

自己の利得を中心の物事を考えています。

それはそれで間違いではないのです。

 

反対に「与える人」は、まさに自分のお金などの資源を他人に渡すのですから、

一見損しがちに見えますね。

 

なので、前者は数多く存在しますが、後者の「与える人」は中々いませんね。

 

他の社長の経験談も聞きますと、

会社の景気が良くなると「奪う人」大量に発生し、

言葉巧みに寄ってくるそうです。

そして奪うだけ奪ったら離れていくのです。

ほとんど社長がこれを経験しています。

 

その反対に「与える人」は、

会社が窮地になったり、個人が重要な問題を抱えた場合に手を差し伸べてくれます。

 

そう、両者の特性ははっきり分かれることが体験を持って改めてわかりました。

そして「奪う人」を周りに置かないことが肝要なのです。

もちろん、こんな話はみなさんも聞いたことがあるでしょうし、

当然のことと思うでしょう。

でも、私も周囲の社長も含め、多くの人が「奪う人」に奪われた経験があり、

中々見極められないようです。

今回のブログは、この「奪う人」をどのように見極めるかが本題ではありません。

 

さて、いよいよ本題です。

この話が当然と思うのなら、なぜ「奪う人」が多いのでしょうか?

そう、このブログを見ているみなさまも確率的に「奪う人」が多いということになります。

さらにこの「奪う人」は、自分が「奪う人」になっていることさえ気づきません。

 

当の私も「奪う人」にはなっていないという自負はあり、どちらかというと「与える人」になっていて、だからこそ「奪う人」に「やられた」と思っていました。

そして、「奪う人」には気をつけなければならないという見極め方法や回避方法を学ぶことはできました。

 

でも、今度は自分が「与える人」にならなくなりそうだという危機感も同時に発生したのです。そう、多数の人と一緒で、「奪う人」なのか「与えない人」になってしまいそうで怖くなったのです。

 

さて、なぜ、多くの人が「奪う人」なのか?

「与えない人」になってしまうのか?

そこで考えたのが、「奪う人」「与える人」の合理性です。

「与える人」に合理性があれば「奪う人」が少なくなるのではと考えました。

 

そう考えると、神様(?)は私に様々な気づきの機会を与えてくれました。

その一つが、レッドブルエアレースのシリーズワールドチャンピオンになった室屋くんの映像制作です。

彼が、先日ワールドチャンピオンになった時に、

今までお世話になった人に対して感謝の意を表現しようとして映像を急遽つくることになりました。

そこで、最初のスポンサーになった、とある社長への取材を行いました。

その社長は、エアショーチーム発足当時、

室屋くんと私で一緒に営業に行きましたが、

即決でスポンサーになってもらった人です。

当時は実績もお金もない室屋くんには誰も見向きもしませんでした。

だからこそ、なぜスポンサーになってくれたかは、

実はその取材を行うまでに私たちは疑問に思っていました。

そして、その取材を通じて、理由が判明したのです。

それは、対価としてもらう見返りは私たちが当時想像もしなかったものでした。

詳細は映像をご覧ください。

www.youtube.com

 

そこで私自身を振り返ってみると、

今発生している仕事や様々な支援は、

過去、私自身が「与える人」になっていたことで、

今になって返ってきていることが明確にわかったのです。

特に、自分が困った時に手を差し伸べてきてくれた人は、

そのような人ばかりでした。

 

その一人、室屋くんもそうでした。

チーム発足時は私も無償の支援をしましたが、

今や彼からは様々なカタチ多くの恩恵を受けています。

それはおつりがでるほどです!

 

結論をまとめると、

「与える人」×「奪う人」は奪われるだけですから、これを気をつけるのは当然のことです。

ただ「与える人」×「困っている人」、さらに「困っている人」は、その恩を感じれる人だと話は別になります。かなりの確率で恩返しされるのです。

 

それでも、将来の見返りを求めて「困っている人」を支援するのも違うのではないかと思うのです。

なぜなら、見返りを求める支援は、支援にならないからです。

見返り=短期的なリターンを求めがちです。

例えば株式投資なんかもその類です。

儲けようと思うと短期的な見返りを求めがちになります。

だから機関投資家のいる会社はダメになりがちですね。

短期的な施策は良い施策でないからです。

 

こうなると「奪う人」と同類になるのです。

 

見返りを求めない=本当の支援(施策)に繋がり、

結果、支援を受けた人から様々なカタチの感謝を受けるのではいでしょうか。

 

今回は、つまらない説明になっているかもしれませんが、

なぜ、「与える人」が結果、合理的に正しいのではという、

視点にたった説明であるので、ご了承ください。

 

最近、「奪う人」から奪われ、

同時に「与える人」から多くの支援を頂きました。

次は、この人たちを支援する側に回らなければなりません。

それこそ死ぬ気でやろうかと。

おそらく「与えた人」「奪った人」も、

自分がこのような気持ちでいることは知らないでしょう。

ただ、必ず、「与えた人」が正解だったことを証明させなければなりませんね。

 

あしだ